偶然から必然 (from h2)

 かなり以前ですが、MUCの中でこんな事を話した記憶があります。  爪楊枝で赤道直下の太平洋をかき回したら、台風が発生し、日本に大きな影響を与えるかも知れない。  出来事と言うのは不思議なもので、これから発生する事柄は、ほんの一寸したきっかけで生まれるものです。  例えば関が原で、石田光成が小早川秀明に対して、もっと旨くおだてて (例えば大きな成功報酬を約束するとか、お前は男前だねと言うとか) 味方に引きずり込むのを確実にしたなら、小早川秀明の謀反は無く、世は豊臣の天下となり、日本の歴史は大きく変わっていたでしょう。  (光成は基本的にこのような事は好きではなかったようなので、やらなかったのでしょうが・・・)  又、小早川秀明のお母さんが懐妊しなかったとすれば、小早川秀明はいなかったとか、 懐妊したとしても別の精子 (精子なんて、億の単位で居る訳ですからその内のどの精子が選ばれるのかは、全く一寸したきっかけ) であったなら、 当然、小早川秀明のDNAの配列が異なる訳ですから、別の性格の小早川秀明が生まれていることになり、彼の謀反は無かったかも知れない。  なんて考えると、その場合、江戸幕府は出来ず、京都が政治の中心のままで、京都に近いこの伊賀地方は、大変発展していたかも知れませんね。 場合によったら、私の家の周りはディズニーランドになっており、私の家はヒルトン東京ベイになっていたりして・・・(でも私は存在しない事になっているかも知れませんが・・・)  私たちも、日々の出来事の中で、何かをチョイスするとか、決定する場は日常茶飯事でいくらでも転がっています。 些細な決定 (判断) 事項が人生にとって意外と大きな意味合いを持って来ているのかも知れませんね。 その意味でも、他力本願でなく、自分の意志で物事を決める事はきわめて大切な事かも知れません。  若年の方には、時々言っている言葉があります。 「ドアは叩かなければ開かれない」 (いくら自分で思っても、やってみなければ何もならないの意味合いですが)。 大切なのは良く考え、タイミングよく行動することが、自分の道を作っていく事に結びつくのでしょう。  偶然から必然になるように、偶然をコントロールするのは、物事の始まりの部分においては、太平洋の海を爪楊枝でかき回すように意外と容易い (大きな精神的・肉体的エネルギーを要しない) 事なのかもしれません。
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